新米の一歩目

就職をきっかけに本当にやりたいことを見つけた新卒、映画の魅力を人に伝える仕事のために邁進!アメコミ、映画、海外ドラマ、ゲーム、散歩、いろいろ好き。

ダメはダメなりに

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 「青天の霹靂」主演 大泉洋

 

  自分が生まれて早々に逃げた母を持ち、父は行方知れず。自らも売れないマジシャンとして日々虚しく惨めな生活を送っている晴夫。そんなある日、晴夫の元に父の訃報が届きます。父の正太郎はホームレスをしていましたが、脳溢血で亡くなったとのことでした。父の遺品を整理する晴夫。「親父…人生って苦しいな」そう呟いた直後、晴夫は雷に打たれます。目を覚ました晴夫がいたのはなんと昭和48年。晴夫はそこで、自らを産む半年前の若き父と母悦子に出会い、2人の人生を目の当たりにします。

 

  実は前半30分ぐらいは飛行機の中で見ていたけど残りは全く見ておらず手付かずだったという過去がある本作。タイムスリップをきっかけにダメダメだと思っていた両親の生きた熱い時代を知るという物語を描きます。正直、飛行機の中で見たときは「うーん、微妙、残りは見なくていっか」くらいに思っていましたがいざ見るとホロリとくる素敵な人情映画でした。

  "過去に戻って両親の人生を目の当たりにする"もうあの超名作を彷彿とさせるのは当然の反応でしょう。しかし、この作品とあの作品…それどころは他のタイムトラベル物との間には非常に大きな違いがあります。それが"晴夫が居る必要が無いこと"です。この作品で晴夫が両親を助けているか…自分の存在が未来に大きく影響しているか、と考えると全くそんなことは無いのです。これ、凄いことです。だってタイムトラベル物なのにタイムトラベラーが過去に干渉しないんですから。いや、確かに、過去に飛んだ晴夫はインド人ぺぺとして中国人チンを演じる正太郎と奇術ショーに登壇します。晴夫が悦子のために奔走するのも事実です。しかし、正太郎と悦子の人生の大事な部分で晴夫が活躍する事は無いのです。晴夫はあくまで傍観者であり、悦子がどんな母親だったのか、正太郎がどんな男だったのかを知り、衝撃を受けるための役割なのです。晴夫が受ける衝撃はそれはもう大きな事でしょう。だって酷い親だと思っていた両親が、いかに自分を思っていたのか、いかに自分が愛されていたのかを文字通り目の当たりにするんですから。晴夫がそんな衝撃にどうケジメをつけるのか、それはこの作品ならではの踏ん切りの付け方だと思います。