新米の一歩目

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私の愛しいオクジャ

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「オクジャ」(原題 okja) 主演 アン・ソヒョン

 

  2007年、ニューヨーク。ミランドという企業がある事業を立ち上げました。それは世界の飢餓問題を解決する事業です。

  ミランドはチリの農場で奇跡的に発見されたスーパーピッグを自然な方法で繁殖し、非遺伝子組み替えの26匹のスーパー子豚を生み出しました。大きく、美しく、美味しく、餌は少なく排泄物も少ない。そんな夢のような豚は、ミランドにより世界各地の支部に送られました。ミランドの事業とは、10年という歳月をかけ、子豚を最も素晴らしいスーパーピッグに育て上げた農家を表彰するというものでした。

  時は流れ2017年…ニューヨークから遠く離れた韓国の自然豊かな地で巨大生物…スーパーピッグと共に過ごす少女がいました。少女の名前はミジャ、そしてスーパーピッグはオクジャと名付けられていました。ミランドが過去に行ったコンペでの発言とは異なり食欲旺盛で排泄物も普通にするオクジャ、しかしながらその高い知能でもってミジャとオクジャは親友のような関係になっていました。

  ある日、そんなミジャの元にミランドの動物博士で、テレビ司会者のジョニー博士がやってきました。ジョニー博士こそが最高のスーパーピッグを選ぶ動物博士です。ミジャの祖父は、ミジャをオクジャから離し、ある真実を語り始めます。「オクジャはスーパーピッグ1位に輝いた」オクジャを買い取ったと思っていたミジャに込み上げてきたのは衝撃と怒りでした。ミジャが急いで帰るとそこにオクジャはいませんでした…ミジャは、オクジャを追いかけることを決意します。

 

  YouTubeのCMで異常な頻度で広告が流されていたNetflixオリジナル映画最新作「オクジャ」韓国とアメリカが舞台のSFアニマルムービーです。

  動物との愛情の映画はもちろん、食用の生き物との交流を描いた作品も今作が初めてではありません。僕は観ていないですが、日本の「豚がいた教室」なんかもこれがテーマですよね。しかし今作では全くの架空の豚スーパーピッグがメインに据えられているという点において、全く新しい作品に仕上がっています。

 

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  この架空の生き物がテーマとなったことにより、普通の生き物では実現できない"ありえなさ"を描く事ができます。それは感情豊かに、知的に行動できる動物の姿。もちろん、普通の動物が感情豊かじゃないし、知的じゃないなんて言っていません。でもね、例えば崖から落ちそうなミジャを助けるために自分の体重でミジャを引っ張り上げるなんて普通の動物でやっちゃうと嘘になっちゃうって話です。

  今作はひたすら周囲に翻弄されるミジャがメインとして描かれています。まずそもそもミジャの祖父、ミジャを愛しているのでしょうが「オクジャを買えた」と嘘をついてミジャの居ない隙にオクジャを連れていかせるなんてありえないですし、それで喜んでる姿をミジャに見せるなんてかなりサイテーですね。「豚がいた教室」は子どもに豚を食べるか食べないか選ばせたそうですし、オクジャを買えなかったとしてもその事実を伝えてミジャに考える時間を与えるべきです。4歳の頃から10年も仲の良かった親友と急に引き離すってのは過酷すぎます。それ以降も、ミジャはただただオクジャを取り戻したいだけなのに、ミランドのイメージキャラクターに仕立て上げられたり、ALF[動物解放戦線]の計画に加担させられたりと翻弄は続きます。

  

  この作品は前半後半の印象が大きく異なります。前半は牧歌的かつコメディ的に描かれます。ミジャとオクジャが夢のような楽園、美しい森で楽しく過ごす姿です。オクジャがさらわれた後も、初めの方は麻酔弾を傘で防いだり、走り回るオクジャと一緒にセルフィを撮る女の子が居たり、明るい曲が流れたりと非常に楽しめます。しかし後半になるにつれ、描かれるものはもっと現実の暗い部分や知るべき部分に焦点が当てられます。例えば、動物がスタンガンで脅されながら無理やり交尾させられたりだとかですね。そして最後は、食肉加工工場が舞台となります。スーパーピッグが加工され、皮だけになった姿や食肉となった姿にミジャは恐怖します。射殺されるスーパーピッグを観て恐怖します。しかし、これは"悪"ではないですよね。もちろん、食肉加工の事を知り、肉を口にしない生活を誓い送っている人がこの行為を"悪"と呼び、声を上げるのは間違っていないと思います。それはその人にとっての正義に反している事でしょうし、意見として提唱しているだけですからね。しかし、普段から肉を食べている人がこの行為を"悪"と呼んではいけないですよね。スーパーマーケットなどで僕たちの元に届く肉はあくまでそういった過程を見せないようにしているだけで、そういった過程を経た動物を食していることには変わりませんからね。自分がその過程を担っていないからって代行してくれている人を"悪"とするのは違います。しかし感情では加工される前の生き物をかわいそうと思ってしまうのもまた事実。だからこそのあのラストシーンなんでしょう。ミジャの勝利は、決して全て解決の100パーセント幸せのハッピーエンドではないのです。